知識と思考

「知識と思考」,外山 滋比古,学士会会報,No.883,pp.41-54

概要

「思考の論理学」で有名な外山氏の平成22年3月23日午餐会における講演をまとめた学士会会報記事.


英語がパラグラフを中心に思考される言語であり,日本人がそこに気づいていないのがさまざまな問題を引き起こしていると述べている.また,日本語自体を再認識し,外国語の模倣ではない考え方や表現を確立することが重要である.

内容

曲がり角に来た日本

西欧文化に学び追いつけ追い越せで学んできた.しかし,今までのやり方では新しい世界を作れないと気づき,それが一種の社会的な閉塞感へとつながった.

文明開化〜言葉の壁

「万事外国に倣う」を国是とし,早く海外に追いつこうとした.そこで遭遇したのは言葉の壁だった.

まずは単語から

大学南校というところで20歳前後の若者たちが英語を学び始めた.「ビー・オー・オー・ケイ,book,本」と大きな声で唱えた.日本語にないものは「日本にないもの」と言い,さらに新しい日本語を考えた.「銀行」もそのひとつで,お金を取り扱うところなので「銀座」の「銀」,そして中国語で企業の意味の「洋行」の「行」をつけて銀行とした.中国もこれを採用した.このようにして,英単語に対応する日本語がそろった.

英文解釈法が確立

単語理解の次はセンテンスの理解が必要だった.かつては世界史上まれに見る漢文に返り点をつけるという方法で中国語を理解した.そこで同様に英文に数字をつけ,語順の入れ替えを図った.しかし,関係代名詞などでセンテンスが長くなると数字も大きくなり手に負えなくなった.


試行錯誤の末,英文解釈法の開発が進み明治の終わりには南日恒太郎教授が120〜130のルールからなる「英文解釈法」を完成させた.さらに大正初期には山崎貞著「新々英文解釈研究」が発行された.英文解釈法は世界でも類を見ないすばらしい工夫であった.

パラグラフを重視しなかった日本人

しかし,ここで日本人は安心して外国語理解ができると思ってしまった.パラグラフの存在を知ってはいたが重要視しなかった.理由のひとつとして日本にパラグラフの文化がなかったことが上げられる.


単語は点,センテンスは線,パラグラフは面である.点と線だけでは面にならず,また同じ線でも面の中でその意味は変わる.

パラグラフの中にこそ,思考・思想・考え方が表れる.

「レンガの言葉」と「豆腐の言葉」

ヨーロッパの言語ではパラグラフを単位としてレンガを積み上げるように表現する.逆に日本語は大事な箇所以外を削り落とす.これは思考の単位がはっきりしないためいくらでも削り落とせるからである.俳句や短歌がその例である.したがって,日本語は豆腐的であり,積み上げられないので削るしかない.

翻訳が面白くないのは,パラグラフ軽視のせい

単語とセンテンスだけを英文解釈法で逐語訳すると難解でつまらないものとなる.わからないのは自分の性だと思って憂鬱になる.

センテンスを日本語訳するのに語順の入れ替えが必要なら,パラグラフ単位なら,センテンス順を入れ替えないと日本語にならない,という自明の理に気づかずに翻訳をしてきたのです.

パラグラフ理解こそ,ヨーロッパ理解の道

センテンスを並べればそのうちまとまるだろう,という考えは間違いである.パラグラフに基づいた論理展開をしなければヨーロッパ人には伝わらない.

冒頭で結論を述べる,ヨーロッパ人の思考構造

パラグラフは250〜300単語程度の文章である.3部に分かれており最初20%が抽象的でもっとも重要な点(現在形),次がそれの具体例(過去形),最後の20%で再び抽象的(現在形)となる.情報量は最初ほど大きく逆三角形を形成する.

なかなか本題に入らない,日本人の思考構造

日本人は議論を明晰に展開する習慣がない.また,三角形型の展開を行うため,最初のほうは意味がない.アメリカ人が日本人は話している途中で意見が変わることに戸惑うのも,彼らが最初に重要であると思って言ったことは,日本人にとっては挨拶程度にしか考えていないからである.


どうでもいい話を続ける中で相手の意図を探る「以心伝心」「腹芸」「あうんの呼吸」が重要なのだ.

衝突する発想法

言葉は知識を伝えるものであるが,そのうえのレベルのものの考え方・思考というものはパラグラフの次元である.パラグラフの前に思考停止すると,本当のことを理解できない.パラグラフの考え方は一種の心理学のようなもので,理解していない日本人にとっては「抽象・具体・抽象」の三層構造の考え方で話されたことの意味は理解できない.

入試のテクニック

最初の数行がわからずにあきらめることがあるが,実際にはパラグラフの真ん中の具体例はストーリー的でわかりやすい.わからないときもまずは真ん中を読み,次に先頭を読み,最後に後半に移れば理解できる.


日本語では最初が一番易しく,どんどん難しくなっていく.英語をそれと同様であると思うと最初の数行が理解できないだけであきらめてしまう.

ヒアリングにおいても,パラグラフは大事

スピーチを20分も聞くとわからなくなりがちだ.一文一文すべてを理解しようとするが,その必要はない.パラグラフの意味が取れれば相手の言いたいことは十分に理解できる.

外国語理解は,名詞中心ではなく,動詞中心で

動詞こそ「抽象的な箇所では現在形」「具体的な箇所では大体過去形」というように場面によって形を変え,パラグラフの中で重要な役割を果たしています.

「国語」ではない「日本語」を創出する

日本の言葉を「日本語」と呼び出したのは40年前.理由のひとつとしては日本語を学ぶ外国人が増えたからである.日本語を新しいものの考え方や表現ができる言葉とすることが大切である.

日本語の文章では小説が一番面白い.これは外国語の影響を受けにくいからである.

イギリス・ロイヤルアカデミーの英語改造

17世紀の終わりに,イギリスではロイヤルアカデミーのトーマス・スプラットが先進大陸文化を表現するために英語を刷新した.詩的・文学的な表現をありがたがる言語から科学的・論理的な言語に変わった.それ以降,著名な科学者がたくさんでた.

新しい日本語を担うものとしての,エッセイ

エッセイは新しいものの考え方を含んだ文章表現だ.寺田寅彦のエッセイは注目に値する.


新しい文章形式と言語を創造できれば日本は遅れをとらない.模倣だけでは成果は上がらなくなる.知識と思考が一体となったエッセイは日本の言葉をリードする.

感想

パラグラフリーディングという言葉もあるので,なんとなくパラグラフについて知っているつもりではあった.しかし,実際に会話においてもそのような思考法が重要視されているとは意識しなかった.

ちなみに「情報」という単語も日本人が考えて,中国で採用されたらしい.